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「サスペクト 哀しき容疑者」の作劇と演出

この記事は何か

「サスペクト 哀しき容疑者」の感想、作劇及び演出に触れます。 また、この映画を見ていない人でもわかるように概要を設けました。

概要

脱北し韓国で運転代行業者として働くチ・ドンチョルは、妻子を殺した男を追っていた。 そんな中、韓国でのドンチョルの生活を支えてきたパク会長の殺害現場に居合わせてしまう。 パク会長から受け取った遺品をめぐり、防諜のスペシャリストであるミン・セフン大佐、対北情報局のキム・ソッコ室長に追われることとなったドンチョル。 ドンチョルは復讐を果たすことができるのか、追われる原因となった遺品には何が隠されているのか、取り巻く謎とドンチョルを追い、様々な思いが韓国を駆け巡る。

面白かったところ

めちゃんこアツい視線誘導

演出は口より語る。

視線誘導は映画の基本ですが、その使い方がすごい。

ドンチョルとミン大佐の確執を描いたシーンを見てみましょう。

ウォン・シニョン. サスペクト 哀しき容疑者. 2013. Warner Bros. (Amazon Prime Video) より

まずは過去回想。ドンチョルは→、ミン大佐は←に視線を飛ばしています。ドンチョルはミン大佐に銃をつきつけ、生殺与奪を握っている状態です。

ウォン・シニョン. サスペクト 哀しき容疑者. 2013. Warner Bros. (Amazon Prime Video) より

このシーンではおおむねこの視線の方向を変えずに、対立を描いていきます。

見どころはこのあとのシーン。現在の、ミン大佐がドンチョルを追うシーンに戻ったところから。

ウォン・シニョン. サスペクト 哀しき容疑者. 2013. Warner Bros. (Amazon Prime Video) より

ミン大佐は→、ドンチョルは←を向いています。対立していることはそのままに、どちらが有利か入れ替わっていた関係性であることを、カメラワークひとつで演技しているのです。

髪型や服装、背景なども含めて、時系列をまたいだ複雑な人間関係を鮮やかに説明し、ぼくたちを迷わないように導いてくれます。

また、この映画で一番すごいシーン、ドンチョルとミン大佐のカーチェイスシーンも見てみましょう。

ウォン・シニョン. サスペクト 哀しき容疑者. 2013. Warner Bros. (Amazon Prime Video) より

まずスタントがめちゃくちゃすごい迫力!!

ウォン・シニョン. サスペクト 哀しき容疑者. 2013. Warner Bros. (Amazon Prime Video) より

そしてこの、対立を描くための向き合うようなカメラワークです。

しかしこれはカーチェイス、距離が近づいて緊迫してくると……

ウォン・シニョン. サスペクト 哀しき容疑者. 2013. Warner Bros. (Amazon Prime Video) より

同じ方向を向いて、先へ先へと急ぐ描写。追われる側のドンチョルの振り返る演技も最高です。

ウォン・シニョン. サスペクト 哀しき容疑者. 2013. Warner Bros. (Amazon Prime Video) より

ドンチョルに迫りくる追っ手。何人もに囲まれて捕まっちゃいそう……!

飲食店のテラス席を吹き飛ばしながら逃げるシーンの直後がまたいい。

ウォン・シニョン. サスペクト 哀しき容疑者. 2013. Warner Bros. (Amazon Prime Video) より

「一体何が起こったんだ…?」店主のこの表情。

ぼくらふつうの視聴者はただ座って、どうなるかわからない中、あまりにも強すぎるふたりのチェイスを見守っているわけです。このふつうのおじさんがいるからこそ、このシーンを見守るときの距離感がぐっと近づく。日常の中で起こりうることなのだとリアリティがぐっと増してくる。より自分の近くで起こった出来事として認識できる、迫力が増すわけです。

極めつけはこのシーン。

ウォン・シニョン. サスペクト 哀しき容疑者. 2013. Warner Bros. (Amazon Prime Video) より

ドンチョルはうしろ向きに、ミン大佐は前向きで、車をぶつけあいながらチェイスしていきます!!

ウォン・シニョン. サスペクト 哀しき容疑者. 2013. Warner Bros. (Amazon Prime Video) より

にらみ合うふたり、ブレるカメラ、チェイスの緊張感は最高潮に。

カーチェイスは映画ではよくあるモチーフですが、物理的に向かいあわせてしまう、ぶつかりあわせてしまうことで、バチバチに対立を表現していく!!

非常に高い運転技術が求められますし、めちゃんこ危ないですから、この撮影は何度も NO をつきつけられてもおかしくない。それでも決行したのです、この最高の演出のために!!

この対立の描き方は誰にとっても強い緊張が伝わる、映画だからこそできた表現といえるでしょう。いいもの見れた……!

「決めろ どっちに付く?」

この物語は、誰に感情移入するかを選ぶのはぼくらに大きくゆだねられています。これがおもしろい。

というのも、物語序盤では誰も感情的にはならないのです。

メインシナリオがドンチョルの話なので、妻子を殺されたこと、その復讐をしようとドンチョルが動いていることは明かされます。 しかし、ドンチョルは無口で表情を変えず、涙ひとつ流しません。

ウォン・シニョン. サスペクト 哀しき容疑者. 2013. Warner Bros. (Amazon Prime Video) より

このあとも、対北情報局陣営であるミン大佐、キム室長や、彼らの陰謀を追うチェ記者など、様々な人物が登場します。 ドンチョルの追跡をとりまいて、おのおの「これがやりたいんだ」ということははっきりする、それぞれ描く物語が展開されていくものの、やはりぐっと引き込まれる感情が存在しない。

「?」

この話ってなんの話なんだっけ、いや、ドンチョルが追って追われる話なんだけど、、、なんかちがくて、、、

そんな中、キム室長といがみあうミン大佐は、どちらもの部下であるチョ大尉に問いかけます。

ウォン・シニョン. サスペクト 哀しき容疑者. 2013. Warner Bros. (Amazon Prime Video) より

「決めろ どっちに付く?」*1

このシーンをきっかけに、登場人物たちの境遇に関する話や、感情に深く触れていき、物語は第二幕を目指していきます。 復讐マシーンの物語などではない、ヒューマンドラマに、それもいくつもの人間性に身を投じていく。 ぼくたちはここでようやく、誰の物語に感情を寄せるかを決めていくのです。

この物語では、誰が誰と協力して、あるいはしないで、目的を達成していくかがひとつのテーマなのですが、 映画をみているぼくたちも誰を選ぶかをゆだねられる形になっているのです。

それを達成するために、序盤で感情を出さずに、登場人物みんなの物語を展開していきます。 そうしたギミックに60分使う。映画全体が137分なので、半分近くを使うのです。 ハリウッド映画などによくある三幕構成では、設定や人物の紹介には映画の1/4を使うのがセオリーと言われていて、サスペクトはこの点でかなり変則的です。

誰のストーリーにフォーカスしましょうか。どの人のストーリーもアツいんですが、個人的にはリ・グァンジョがめちゃくちゃ人間してて好きでした。

ウォン・シニョン. サスペクト 哀しき容疑者. 2013. Warner Bros. (Amazon Prime Video) より

序盤に提示されたシーンでは無慈悲かとも思われたのですが、生きるためには仕方なかったのだと、地獄の底でクモの糸を掴む行為だったと、それでいて他者に対する情も強く強くあって惹かれました。やったこと自体はまったくよくないんですけどね。

拳足を使った流麗なアクションシーン

アジアの作品らしく拳足を使い、回転するような動きを取り入れた、流麗なアクションシーンでしょう。銃も使うけれども、やっぱり格闘が見ていて美しく、引き込まれます。(写真だと難しいので、映像をみてみてください……!)

似ているモチーフを扱う「イコライザー」というアメリカの作品があるのですが、こちらは武器や重火器を用いた戦闘描写が美しく、拳足のほうは若干泥臭いんですよね。そのあたりにもお国柄、文化的な違いを感じることができます。

おわりに

キャラ立てがしっかりしていて、それぞれに魅力的なストーリーが当てられています。ドンチョルの追跡が描かれながらも、誰のための物語として見るかについてはぼくらに自由があって、そのどれもに面白さを感じることができる。

たとえばチェ記者の序盤のシーン。取材が難航する最中、「雨の全景でも撮ってきて」。インサートと言われる、短いシーンで使うための映像を撮ってきてね、と言っているんですね。どんなときでもどん欲にカメラを回す、庵野監督のようなキャラ造形なのですが、これだけで取材に対する熱量がうかがえます。

中でも決着のシーンはよかったですね。吸血鬼を殺す銀の弾丸、その銃は……。

韓国映画は見たことがなかったのですが、他の作品も見てみたいものです。

評価 ★★★☆☆

というか、作劇と演出にフォーカスした記事って面白いんでしょうか……?ぼくは感想をただ述べるよりは、映像・物語を扱っていたぶんこういう記事をかく方が気が楽ではあるのですが、、、

*1:このシーン、チョ大尉にピントが合っていて、誰が決断するかがカメラワークで説明されていていいですね…!!